利他愛の間違い(徳を積んでも成長出来ない!?)

意識 その他、霊的な事

一般的に、死後に天国や上の世界に行くには、

愛の心が大事とか、徳を積んだり、善い事をする必要があると勘違いされています。

愛の実践や徳を積んだり善い事をしても、上の世界には行けません

死後の上下高低は、あくまでも死後の法則で決まってしまい、

使用する体(幽体)に相応しい世界に行きます。

詳しくは

死後の世界の法則や仕組み

死後の世界の法則や仕組み

をご覧下さい。

ここでは一般的な常識の間違いを説明したいと思います。

利他愛の間違い(徳を積んでも成長出来ない!?)

そもそも何の為に愛の実践や徳を積みますか?

自分の為ですよね?

つまり、愛の実践をしよう!徳を積もう!と思った時点で、自分の為であって、もう終わりです。

その後、何をしようが徳になる事はありませんし、成長する事もありません。

例えば、

誰か困っている人がいた場合、どうしますか?

困っている人

性格の良い人なら

困っている人(相手)を助けたいから、助けます。

普通の人なら

(相手が)可愛そうだから、助けます。

性格が悪い人なら

助けたら(自分が)天国に行けるから、助けます。

助けたら(自分が)成長出来るから、助けます。

助けたら(自分が)善い人だと思われるから、助けます。

助けたら(自分が)感謝されるから、助けます。

助けたら(自分に)お礼をもらえるから、助けます。

愛の実践をしようとか、徳を積もうと思った時点で、

普通の人以下で、もう終わっていますよね?^^;

成長している人なら

いつの間にか助けます。

人間は特に何も考えなくても、のどが渇けば水を飲むし、お腹が空いたら何かを食べるし、

眠たくなれば眠ると思いますが、

それと似たような感じで、特に何も考えなくても困っている人がいれば助けるのが当たり前で、

ついつい体が動いて、いつの間にか助けます。

※物質的な善悪と霊的な善悪は違いますし、普段は肉体の表面意識の影響が強いので、実際には様々ですが、あくまでも例え話です。

より高級な意識が助けたいという欲求に駆られ、その欲求を満たしているだけであって、

本人は徳を積んだとか、善い事をしたなどと気付きもしません。

ただ単に、自分の欲求を満たして、やりたい事を行っただけです。

これが本当の徳になります。

つまり、愛の実践や、徳を積みたいなら、成長するしかないんです。

まず、成長が先なのに、成長もしていない人が、

自分の為に見返りを求めた未熟な意識に振り回されて、行動するので、

成長どころか、未熟な意識を刺激して悪影響にしかなっていないんです。

色々な意識

人間は色々な意識の集合体です。

例えば、朝起きて、

仕事に行きたくない、学校に行きたくない、でも行かなきゃ怒られる、

お金が無くなる、クビになる、1日くらい休んでも良いんじゃないか?

などと、色々考えると思います。

そうした主張の中で、最終的に肉体の脳の表面意識で決めて、行動に出ます。

意識

普段から自分の言動や、心を詳しく分析する人はなかなかいないと思いますけど、

よく考えてみると、色々と想いが出て来て、その中から選択していると思います。

こういう様々な意識の中には、

より高級な意識と、より未熟な意識があります。

より高級な意識と、より未熟な意識

誰にでも高級な意識もあれば、未熟な意識もあります。

意識レベルで成長しようと思えば、高級な意識を更に高級に、強く大きくして、

未熟な意識を弱く小さく、更に成長させ高級にする必要があります

結論から言うと、高級な存在に力を流して頂く事が一番なのですが

その方法以外では、より高級な意識を刺激するしかないと思います

刺激するには、より高級な意識の主張を肉体の表面意識が選択し、実践する必要があります。

より高級な意識を実践して刺激する事で、更に高級に、強く大きく出来る可能性がありますが、

ほぼ不可能です。

愛の実践や徳を積もうと思った時点で、「自分の為」という未熟な意識が刺激されます。

しかし、もうすでに意識の奥が十分に成長し、未熟な意識は肉体の表面意識だけの人の場合はどうでしょうか?

そういう人が行えば、意識の奥の高級な意識が刺激され、更に成長出来ます。

まずは、成長です!

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